友人ヤスが統合失調を発症する前の話。
僕とヤスは同じ工業高校に通っていた。
工業高校というと、どんなところをイメージするだろうか。
頭が悪い。男しかいない。ヤンキーが多い。治安が悪い。
実態はどうかというと、まあ概ねそんな世間のイメージ通りだ。いやそうじゃない学校もあるかもしれないが、十年ちょっと前、僕らの通っていた学校はそうだった。
クラスメイトは殆どヤンキーばかりの中、僕は、当時ブギーポップは笑わないやら、灼眼のシャナやらの、ライトノベルにだだハマりしている陰キャのキモオタだった。
クラスで、僕以外に唯一居た陰キャが、ヤスだ。
そんな僕らが仲良くなるのはもう当然の流れだろう。
ヤスは本を読むのが好きで、村上春樹やら京極夏彦やらを好んで読んでいたけれど、合間にラノベも嗜んでいたから、めちゃめちゃ話が合った。
選んだ学科がひとクラスしかなかったので、僕とヤスは自動的に三年間同じクラスだった。
一応他クラスにも同じような友達はいたけれど、僕がクラスでまともに喋れるのは殆どヤスだけだったし、ヤスもそうだったと思う。
僕らはヤンキーたちからいじられたり、キモがられたりしながら、三年間を過ごした。
僕は小中学生の頃から大体そんな扱いを受けていたのでヤンキー達にはいつも通り「ふひひ」という気味の悪い愛想笑いで切り抜けていたんだけれど、
ヤスはなんとそういう扱いは高校まで受けたことがなかったらしくて、明らかにヤンキー達を馬鹿にした態度をとっており、僕はずっとひやひやしていた。
ヤス本人は馬鹿にしているのをうまく隠し通せているつもりだったみたいで、僕が何か言うたび「絶対バレてないよ」だなんて言っていたけれど、実際何度かヤンキー達とは揉めた。まあ、そんな大ごとにはならなかったけれど。
ヤスは今思い返せばいろんなものを常に馬鹿にしているような節があって、僕の事もたぶん少し馬鹿にしていたと思う。「ラノベばっかよんで、もっとちゃんとした本読めよ、中二病」みたいな事はよく言われていたし。
でも、僕だって発言するたびにクラスの空気を悪くするヤスの事をちょっと馬鹿にしていたのでお互い様だ。
高校時代の僕とヤスはまあそんな感じだった。
その頃、ヤスはまだ何の病気も発症していなかった。
クラスからはちょっと浮いていたけれど、それはお互い様だったし、アルバイトも普通にこなしていたみたいだった。選択授業などを経て他のクラスの陰キャ仲間とも仲良くなって、図書館に5,6人で集まったり、映画を見に行ったりもした。
僕もヤスも、クラスが合わなかっただけで、まあごく普通の陰キャだったのだ。
僕らは高校卒業後、すぐに就職した。
ヤスは少し地元から離れた工場に、現場作業員として。
僕はヤスよりは地元に近い工場に、設計として。
ヤスは交通の便の悪い工場の寮に住んでいたのだけれど、それでも僕らはよく遊んでいた。様々な進路を選んだ高校時代の陰キャグループでも良く集まっていた。
でもまあそれは、就職して最初の一年だけ。徐々に、みんな仕事が忙しくなったりして集まらなくなった。
まあ、社会人だしそんなものだろう。
僕もヤスに連絡する頻度がどんどん減った。
代わりに陰キャグループの一人、マッチャンと職場が近かったのでマッチャンとばかり遊ぶようになっていった。
ヤスは自分から決して人を誘わないタイプだったし、どこへ行くかも決められないタイプだったけれど、マッチャンは向こうからも良く連絡をくれるし、どこへ行きたいと、自分から決めてくれるタイプだったので、ヤスよりずいぶん楽だったのだ。
そうして、ヤスと連絡を取る事なんてほとんどなくなった、就職三年目の春の事だった。
ヤスから妙な連絡が来るようになった。